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2010年7月13日 (火)

手術当日のこと

2010年7月13日。

この日は今までの私の人生の中でいちばんつらい日となりました。

組織球性肉腫と診断されたアルファの断脚手術の日です。

途中、かなり待ち時間もありましたが、夜の7時半に三重県四日市市の

病院に到着して手術が終わり病院を出たのは午前2時半頃でした。

本当に長い夜でした。

アルファの主治医の先生は名古屋のW先生です。

でも手術は三重県四日市市の病院で行いました。

こちらの三重県の病院で術前のCT検査(全身麻酔)を受けるのと同時に

断脚手術を行うのです。全身麻酔によるアルファの負担を少しでも

減らす為です。

まずは術前検査として血液検査をしました。

結果は問題なし。手術に耐えうる数値との事で安心しました。

そして、執刀医のN先生とのお話。

今までお世話になった先生にも何度もお話してることですが、これまでの

経緯を詳しく報告します。この飼い主からの報告が病気を診断するうえで

とても重要になるんですね。

たまたま私は今回のビッコに関してはノートに記していたので、時期や

症状など記憶を辿ることなく正確に先生に言えた事は良かったです。

実は、1年前の夏頃に同じ左後ろ足のビッコを引くようになり、歩けない

事がありました。その時の診断はレントゲンに異常はなし。腰からくる

神経痛みたいなものだろうと診断されました。

・・・これが癌の初期症状だったとしたら、様子見してしまった自分を

悔やんでも悔やみきれません。何てことをしてしまったのだろうと・・・。

でも先生は「これは関係ないですよ。神経痛だったのでしょう」と

言われました。癌はこんなにゆっくりと進行する病気ではないからです。

でもビッコを引いた足が同じだった為に、「神経痛がでちゃったかな。

安静にしてればいいや」と見過ごしていたことも事実。アルファには

申し訳ない事をしてしまいました。アルファの癌はいつから始まって

いたのだろう・・・。

そしてN先生との話し合いの中、今までずっと心の中でモヤモヤしていた

事を話してみました。断脚手術の直前だというのに、まさにこの期に

及んで・・・なのですが。

それは、細胞診断の結果(書類)の文面がとても曖昧だったことです。

診断は『組織球性肉腫または滑膜肉腫の疑いあり』でした。

疑いって?違う事もあるの?でも先生はこの結果をうけて「断脚」を薦めて

きます。「疑いあり」なんて曖昧なのに断脚なんて決断していいの?

そんな思いがずーっと心の中にあったのです。

それに対してN先生は、細胞診断というのはたとえかなりの確率で

組織球性肉腫だとしても「疑いあり」という書き方をしなければならないと

いう事を話して下さいました。

アルファについては「断脚して命を助けるか、足を残して命を落とすか」

とハッキリと言われました。でも決して、未だにこんな事を言ってる

飼い主にしびれを切らして言った言葉ではなくて、こういう言い方で

私たちが決断できるように背中を押して下さった様な感じでした。

ただ、先生も疑問に思ってる事があったようでした。アルファの症状が

軽すぎるのです。もっと激しいビッコを引いていいはずなのに。

アルファは直前まで足の調子がいい時はビッコなんて全くなくて、

思いきり走ることができました。四肢関節周囲にできる肉腫は相当の

痛みを伴うはずなのです。

なので、これから行うCT検査の結果で断脚するかしないかを最終判断

しましょうと言われました。

私たちも最後の最後に納得してアルファを先生に預ける事ができました。

そしていよいよ全身麻酔でのCT検査です。

アルファを預けて30分くらい経った頃、先生に呼ばれました。

通されたのは手術室。目の前には麻酔で横たわってるアルファがいます。

口にはマスクが当てられ、心臓が動いてるのが機械を通して分かります。

ピッ・・・ピッ・・・と一定の間隔で聞こえていました。

助手の先生方がアルファを囲んで見てくれてます。左後ろ足はすでに

剃毛されていました。

一番奥にCTの機械があり、そこで説明を受けました。

まず問題の左足と正常な右足と比べながら説明していただきました。

思ったより問題の左足の骨はボロボロでした。骨が2つの肉腫に挟まれて

右足に比べて3分の1程まで侵食されていました。

これでビッコを引かないのが不思議なくらいだそうです。いつ骨折しても

おかしくない状態でした。あとは腰下リンパ節への転移を宣告されました。

素人の私たちが見てもハッキリ影が分かりました。

先生は「これは完全に悪性の組織球性肉腫です。断脚手術をしたほうが

いいと思います」と言われました。

CTのあと顕微鏡で細胞も見せてもらいました。最初の細胞診の時も

書類上でしたけど、細胞の写真を見せてもらいました。でもその時より

ハッキリと数も多く悪性の細胞が見えました。

もう迷いはなくなりました。

アルファを助ける為に断脚手術をしよう。

11時頃から手術は始まったと思います。

当初2時間くらいだろうと言われていた手術でしたが、アルファは2時間半

かかり、麻酔から覚めるのにそこから30分くらい待ちました。

PAPAと私はずーーっと待合室で待っていました。

午前2時くらいだったでしょうか、手術室からクーンクーンと言うより

ヒーンヒーンというような声が聞こえてきました。最初アルファの声とは

思いませんでした。こんな声を聞いた事がなかったからです。

でもそれは麻酔から覚めたアルファの声でした。

しばらくして手術台に乗せられたまま、全てを終えたアルファが先生達と

一緒に出てきました。

アルファの目は涙でぐちゃぐちゃでした。初めて見たアルファの涙。

「よく頑張ったね」と言うのが精一杯でした。

そしてアルファをうちの車に乗せて名古屋のW先生の病院へ向かいます。

運転手はPAPA。あらかじめ後部座席を倒して広くしておいたスペースに

私が先に乗って、先生達がアルファを乗せてくれました。

手術直後だというのに、アルファは体の位置を変えようとしたりしました。

でも、まだ体が言う事を聞かないのか上体を起こしたり、横になったりと

繰り返していました。目には涙を溜めて、ヒーヒーと辛そうな声をずっと

出しています。そんなアルファをなでながら「大丈夫だよ。ここにいるよ。

頑張ったね。」一生懸命声をかけました。

私が泣いてしまって声が止まると、PAPAが運転席から「アルファ、

大丈夫だよ。一緒にいるよ」と声をかけてくれてました。

とてもとても辛かった。名古屋の病院まで40分くらいだったと思います。

でもとても長く感じました。痛みと悲しみに苦しんでいるアルファを

助けてあげたいのに何もできない私。

このときの事を私たちは一生忘れないと思います。忘れられないです。

そして名古屋の病院に到着しました。先生とPAPAとでアルファを

病院へ運びここから1週間の入院が始まったのです。

ずっとずっとヒンヒン泣いてるのが可哀相で、先生に「アルファ、痛いの

でしょうか?」と聞きました。手術で当然痛み止めは使ってるのだけど、

またすぐに痛み止めの注射を打ってくれました。

そして帰宅。家に着いたのが4時過ぎてました。初めての12時間留守番を

頑張ったファーロの狂喜乱舞の出迎えを受け、いっぱいいっぱい

褒めてあげたのでした。

翌日、アルファの様子を見に行きました。私たちが行くとゲージの中で

立ち上がろうとするのですが、狭い中にいることもあり上手く立つことが

できません。ただ目にはもう涙はなくて、見慣れたアルファの目に徐々に

戻ってきてたのがうれしかったです。

あとは、日に日に良くなっていき1週間後無事退院できるのです。

これが、アルファの手術当日の記録です。

(ダラダラと長い文章で申し訳ございませんでした。
最後まで読んで下さってありがとうございました。)

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